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執筆者の写真nemuridorinagai

片ピアスと2020年(コロナ禍の一年の振り返りと御礼、ご挨拶)

ラクーンでの最後の収録からホテルに戻りシャワーを浴びようとしたら(am2:00)、ピアスが片方無くなっていて、「あっ」喪失感。

人形遣うときはいつも黒か、シンプルな鳥の形のピアスにするのですが、今回は「ながめくらしつ」やからと思い、普段も使っているものを、とシンプルだけどキラキラと光るシルバーのピアスをしていました。

高いものではないのですが、一緒に公演を乗り切った信頼と愛着が増していたから、喪失感にクラッとしました。

「良い時間を貰った代償に何かをここに置いていけということなのかな‥」無理やり決着をつけ、とりあえずバラシに向けてベッドに潜りこみました。

翌日、全任務を無事に終え帰路の電車に揺られていると、美術家のユカシさんから「ピアス拾ったよーのぞみちゃんのじゃないー?!送るねー( ◜◡◝ ) !」とメッセージが。

どんがらがしゃん、と客席からくずれおちる。


                           ©Kazuaki Kojima/FUN-PRO.


え、うしなわなくてもゆるされるの?!

ことし、無事に生き延びて創作ができてたくさんの人に力添えしていただいて公演ができて、めちゃくちゃ贅沢させてもらって なにかしら罰あたらないと釣り合いが取れない気持ちでいたんやけど、ピアスまで持って帰っていいの??!

穏やかに年越していいの??!


起こったこと、大事に抱いて生きていていいのか。

痛みも愛しさも感謝も足りなさも。

仲間たちにもお客さまにもまた会いたいの心も。

まだ人形遣いたいこころも。

会いたい会いたい会いたい

会いたくて人形をやってるのでした。

久しぶりにチームで公演を作って、お客さまに観ていただけてヒリヒリと感じました。

来年もお会いしたい。涙がでるほど



2019年度、初めて2ヶ月近く海外ツアーに出て、助成金をいただいて、他分野の演出家と密な創作をやる、ということをやりました。

技芸面でも人間としても試練の年であったなと思います。

企画が大きくなった分、じぶんのそれまでの許容量を超えてしまい、余裕をなくして仲間を傷つけたり、そのことに自信を失ったり、感想でいただいた言葉が突き刺さって抜けなくなり、自信を失ったり、ベコベコ凹んで始まった2020年度、いただいた渡航フェスのお話やツアーを着実にこなして自信を回復してゆこう、と企図していたところ見舞われた世界的なコロナ流行‥。

どこにもいけない一年の始まりでした。


7、8月に、18歳で家を出てから初めて、2ヶ月近く実家に滞在し、人形を作り、海に通い、祖母宅の居間に寝起きし(朝になると布団を上げて人形の稽古をし、夜に布団を敷いてご先祖の仏間を見上げながら眠りました)、父母と食事をし、会話をし、須磨を歩く時間は穏やかでした。

海は美しく、人形とわたしを黙って受け入れてくれました。

(めちゃくちゃ暑かったけれど)


ロシアから「あのこ」の作品上映を依頼されていた渡航はとんでしまい、かわりに若手の人形遣い向け研究会のオンライン2時間枠をもらいました。

「映像作品をつくろう。師匠のところでわたしは確かに劣等生であったけれど、あかんあかん下手や、といつまでもひきづっても先に進まれへん。等身大胴串を遣い続けている以上、自分で自分がこの人形とどうしてゆきたいのかわかるとこまではやらんとあかんやろ。その機会やで。」

悶絶して作った映像は、横手ありささんに美しい音楽をつけてもらい、後に韓国の人形劇映像祭で国際部門入選をいただきました。

砂浜であのこが笑って世界が光った(と感じられた)瞬間、わたしはまだやっていけるのだな、と気がつきました。


わたしにも人形にも足がある。

まだ歩いていける。

心臓もある。

まだ動いている。





演出家の目黒さんから、「沼津の手触りシリーズ、『人の形』再演は12月になりましたが、やります。人形、ちゃんと練習してますか?」と連絡を貰い、9月に東京に戻りました。

(‥このお話がなければそのまま須磨に移住して、海辺の人形遣いとしてコロナ禍の世界を生きていくのも選択肢だな、と真剣に考えはじめていました‥。)

コロナで今年の活動は曖昧になってしまったけれど、東京の仲間たちと中途のままになっていて、このまま会えなくなることはいやだ、いまできる形でみんなとまた創作をして、東京でやってきたことに一度ここで区切りをつけたい、この後何が起こっても悔いのないように、と動画集制作企画をたてて文化庁継続支援に申請、秋は4チームの映像撮影に奔走しました。


23歳で上京してからのひとつの集大成になっていると思います。人形劇の表現は多様で面白いです!ぜひ観ていただけると嬉しいです!!眠鳥動画集2020 https://vimeo.com/ondemand/2020nemunemumovie2020



やってみて感じたのは、創作には終わりがない、ということでした。結局、全然まだまだ完璧にならない、終わりにしたくない。

敬愛する仲間たちとまた働きたい。

上手くなりたい。

また、次もっと良いものをつくって、お客さまに楽しんでいただける場を持ちたい。

会いたい。

はてしなく会いたい。

終わりのない欲望。

会いたい会いたい会いたい、会いたい。



12月26.27日、ながめくらしつ×スケラボ公演「こころの手触り」無事に終演&収録終了しました。

今年の最後に、たくさんの人と作り上げる規模の企画に参加させていただいたこと、実際にお客さまにお会いできる場をいただいたこと、コロナ禍での上演決行という並々ならぬ重責を背負いながら、穏やかにあたたかく執念深く(笑)、上演芸術への深い愛情のもと動き続けていらしたスケラボの皆さんと目黒陽介さんに心よりの感謝と敬愛を捧げます。

1月のTOKAS「人の形、物を語る。」から12月に「こころの手触り」まで進めたのは、タイトルの通り、形から内面も含むところへ、チームとして多様な面で先に進めたなと感じました。

初共演のダンサー安岡あこさんは、小柄で可愛らしい容貌に力強さ、理知性を内包し、プライベートではちょっぴり甘えんぼさんな面が、踊りが始まった時の芯の強さをより引き立てる、格好良い踊り手でした。

人形とあこさんと2人で踊っていると、人形遣いは決して本人と目を見合わせられないのですが、人形がたちどまった時、踊りへ導いてくれる、柔らかく力強い春のような生き物だなと感じました。

1月はひとり(?)で踊っていた次郎(人形)にとっては悶絶の一年の末に出逢った女神のような存在であったなと思います。


「誰かに出会って変わってゆく」は人生そのもののようなテーマ。

産んだり生まれたり、進化して、出会って別れてまたひとりで歩いてゆく、(そしてきっとまた誰かに出会うのでしょう)、演者のエネルギー負荷はめちゃくちゃ高い作品でしたが、今年この作品を生きられたことは本当に幸せでした。



                            ©Kazuaki Kojima/FUN-PRO.



遣いは、多分まだまだ伸び代があります‥のでぜひまた再演をしたい。。


ゆっくり、2020年が終わり、新しい年がやってきます。

あたたかい部屋に座って時間がうつろってゆくのを聞きながら。


停滞は静かで強い時間を与えてくれました。

二十歳で人形を初めて、ずいぶん回り道をしてきたけれど、

「わたしの人形遣い、いまできることはこれで、これからこうなってゆきたいんじゃないか?そのためにこれをやってゆくぞ。」というのがようやっと見えてきたと感じています。


来年、果たしてどのような形で活動を展開していけるのか全く未知数ですが、静かに、やるべきことを着実にやりながら、虎視眈々とお会いできる機会を、いろんな手段で、結実させてゆきたいです。



2020年、対面で、あるいは遠距離で、お世話になったみなさま、ほんとうにありがとうございました。

来年こそ、お会いできますように。

2021年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 


               ねむり鳥 長井望美拝



                            ©Kazuaki Kojima/FUN-PRO.



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